新型コロナウィルス対策として緊急事態宣言が発出され間もなく1か月となりますが、なお深刻な状況は続き、収束の目途は立っていません。多くの市民が先の見えない不安と闘いながら、必死の我慢を続ける中で、見過ごすことのできない人権の危機が次々に生じています。憲法記念日を前に、かけがえのない基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという弁護士の使命(弁護士法1条)を全うすべく、私たちは本提言を発出します。
1 不当な差別とプライバシー侵害を直ちに止めなければなりません
新型コロナウィルスの感染者は,自らの生命の不安だけでなく他者に感染させたのではないかという自責の念などで苦しんでいます。医療従事者は,自らの感染の危険を背負いながら、昼夜を問わず献身的に治療・検査にあたっています。そしてその家族や近親者・関係者は、必死でそれを支えています。
社会は、苦境にある人々を全力で支え応援してしかるべきですが、マスコミ報道によれば、不当な差別、偏見、プライバシー侵害(憲法21条)が絶えません。一人ひとりを尊重することは憲法上最も重要な原理であり(憲法13条)、差別は断じて許されることではありません(憲法14条)。
私たちは、あらためて差別やプライバシー保護の重要性を強く訴えます。
2 裁判を受ける権利を回復する必要があります
全国各地の裁判所が,緊急事態宣言を理由に、民事・刑事・家事事件の審理期日を原則として取り消しました。感染拡大防止の努力は十分理解できるところです。しかし、裁判所の手続の利用者にはそれぞれの切迫した事情があります。裁判所への出頭を不要不急の外出と評価するのは正しいとは言えません。
国民の裁判を受ける権利(憲法32条)は重要な人権です。しかも、立法・行政と並ぶ国家機能の中核であり、裁判所は人権保証の砦です。たとえ緊急事態宣言下においても、原則として業務継続を行うべきであり、現在の裁判所の機能不全状態は、人権の危機といっても過言ではありません。
私たちは、全国の裁判所に対し、感染拡大を防止しつつ、速やかに司法機能を回復し、裁判を受ける権利の保障を正常化させるよう求めます。
3 子どもたち・学生らに実質的な学習権を保障しなければなりません
学校が突然に一斉休校となって2か月が過ぎ再開の目途が立ちません。教育現場ではオンライン授業の実践など知恵と工夫を凝らしていますが、学年末・新学期という大切な時期で休校を余儀なくされたダメージは回復困難です。
子どもは、一人の人間としてその尊厳を尊重され、人格及び能力を最大限に発達させ開花させるための学習権・教育を受ける権利が保障されています(憲法13条、26条、子どもの権利条約6条、29条1項)。今一度、その重要性を重視し、早期かつ十分な権利の回復を求めます。
現在、9月を新学期とする提案も出ており傾聴に値しますが、その一方で行政事務負担や企業の求人時期との兼ね合いなども考慮すべきという議論があります。この問題の検討において、最も重視すべきは子どもたちの学習権の保障という観点であることを強調しておきたいと考えます。
4 憲法上の緊急事態条項は不要です
新型コロナウィルス特措法は市民に対する自粛や要請を基調とする感染症対策の制度です。そのため緊急事態宣言が発出されてもその効果が不十分であるとか、強制力が不足しているなどとして、私権制限を可能とする緊急事態条項を憲法に設けるべきとする動きがあります。与党内にこの機会に乗じて改憲議論の活性化を望む意見があり、それに同調する世論もあります。
しかし、憲法上の緊急事態条項は、内閣に権限を集中させ、人権保障と三権分立を一時停止する特殊な制度です。総理大臣が、必ず正しく適切な対応をとる保障などはなく、誤った対応は市民生活を直撃することになります。強大な権限が濫用された歴史的事実も存在します。市民に身近な地方自治体の権限も縮小してしまいます。この点、これまで私たちが提言してきたように、災害法制の応用により私権制限も含む数々の有効な法制度は既に存在しています。それをしないのは、憲法に問題があるのではなく、省庁間の権限調整、人員不足、財政の硬直等によるものに過ぎません。
社会の危機に乗じて憲法の根幹を揺るがす緊急事態条項の創設を求めることは、惨事便乗というべきもので、断じて許されるものではありません。
5 今こそ憲法に光を
今、全国民があらゆる我慢を余儀なくされています。本提言に挙げた人権にとどまらず、営業の自由(憲法22条)、移動の自由(同条)、自己実現(憲法13条)、表現の自由(憲法21条)等の自粛に努めています。これは、すべからく隣人や全世界中の他者の「生命」(憲法13条)や平和的生存(憲法前文)を守るための「公共の福祉」に服する制約です。憲法原理が生きているからこそ私たちは頑張っているのです。憲法記念日を前に、あらためて憲法の価値を見つめ直し、必要な人権の回復を強く求め本提言に及ぶこととします。
令和2年5月1日
新型コロナウィルス対策に「災害対応」を求める弁護士有志
【呼び掛け人】太田賢二・伊藤考一(北海道)、吉江暢洋・佐藤英樹(岩手)、新里宏二・内田正之・山谷澄雄・宇都彰浩・小野寺宏一・勝田亮(宮城)、及川善大(山形)、渡辺淑彦・松尾政治・平岡路子(福島)、舘山史明(群馬)、中野明安・岡本正・加畑貴義・神田友輔・在間文康(東京)、永田豊(千葉)、二宮淳悟(新潟)、永野海(静岡)、繁松祐行(大阪)、永井幸寿・津久井進・辰巳裕規(兵庫)、大山知康(岡山)、今田健太郎・工藤舞子(広島)、堀井秀知(徳島)、野垣康之(愛媛)、松尾朋(福岡)、奥田律雄(佐賀)、鹿瀬島正剛(熊本)、黒木昭秀(宮崎)、小口幸人(沖縄)
【賛同人】秀嶋ゆかり・西尾弘美・村山敬樹・荒井剛(北海道)、近江直人・森田祐子・江野栄(秋田)、長谷川頌・畠山将樹・川上博基・吉江暢洋・長谷川大・安澤裕一郎・平本丈之亮・山中俊介・太田秀栄(岩手)、布木綾・小向俊和・菅野高雄・庄司智弥・松尾良成・須田晶子・伊東満彦・栗原さやか・井口直子・菅野真光・坂本仁・坂口真理子・加瀬谷拓・後藤雄大・伊藤佑紀・太田伸二・松浦健太郎・佐藤篤・及川雄介・倉林千枝子(宮城)、脇山拓(山形)、平間浩一・唐牛歩・西山健司・小林素(福島)、吉村一洋(新潟)、伊澤正之(栃木)、猪股有未・原田英明・関夕三郎・鈴木克昌・斉藤匠・西村直行・名古拓磨・稲毛正弘・古平弘樹・石島研二・野上佳世子(群馬)、鈴木隆文・及川智志・鈴木勝之・髙橋修一・辻慎也・栗屋威史・長浜有平・佐藤隆太(千葉)、滝沢香・有本真由・大沼宗範・酒井桃子・杉浦ひとみ・平澤慎一・森田太三・上山直也・山本政明・松本明子・上柳敏郎・三輪記子・佐藤太史・幸田雅治・小海範亮・小室光子・李桂香(東京)、藤田温久・多湖翔・村瀬敦子(神奈川)、山岸重幸(長野)、植松真樹・太田吉則・大多和暁・阿部浩基・小笠原里夏(静岡)、木下実・春山然浩・坂本義夫・橋爪健一郎(富山)、野条泰永(福井)、澤健二・岩城善之(愛知)、石坂俊雄(三重)、佐藤正子・土井裕明(滋賀)、諸富健・金杉美和・松本隆彦(京都)、砂川辰彦・瓦井剛司・小橋るり・青木佳史・村瀬謙一・奥田愼吾・木口充・明賀英樹・小久保哲郎・篠原俊一・国府泰道・赤津加奈美・菅野園子・島村美樹・金子武嗣・有村とく子・冨田真平・安原邦博・中島清治・浜田雄久・足立朋子・髙橋敏信・亀山元・薬袋真司・吉岡一彦・保木祥史・白井啓太郎・針原祥次・福原哲晃(大阪)、道上明・森川憲二・安井健馬・松山秀樹・亀田廣美・南野雄二・大塚明・田崎俊彦・佐伯雄三・小牧英夫・名倉大貴・森川太一郎・吉田哲也・中山泰誠・相原健吾・安原浩・後藤玲子・渡部吉泰・守谷自由・中川裕紀子・藤本尚道・曽我智史・白子雅人・吉江仁子・大槻倫子・藤原精吾・濱本由・増田正幸・藤本久俊・河瀬真・菱田昌義・岡村勇人・木村裕介(兵庫)、金原徹雄(和歌山)、三木悠希裕(岡山)、砂本啓介・友清一郎(広島)、大田原俊輔(鳥取)、長谷義明(山口)、大塚喜封・櫻井彰(徳島)、伊野部啓(高知)、春田久美子・渡邊純・椛島敏雅(福岡)、正込健一朗・雨宮敬之(鹿児島)、保田盛清士・仲松正人・山城圭・仲宗根翔太・藤井光男・稲山聖哲・武田昌則(沖縄)
【呼び掛け人37名、賛同人184名】※( )内は所属地の都道府県名
- COVID-19:住宅ローンについて 一定期間の無条件での返済猶予を認めることを求める提言(緊急提言6)
- COVID-19:災害法制を参考にした緊急対策を求める提言(緊急提言5)
- COVID-19:一人ひとりの基本的人権の保障を求める提言(緊急提言4)
- COVID-19:助成金等に対する差押え禁止の特例法の制定を求める提言(緊急提言3)
- COVID-19:災害対策基本法等で住民の生命と生活を守る緊急提言 第二弾
- COVID-19:災害対策基本法等で住民の生命と生活を守る緊急提言 第一弾