令和6年能登半島地震の被災地では、昨日令和6年1月25日に政府の「被災者の生活と生業支援のためのパッケージ」が公表されるなどして、被災者が生活再建に向けて歩んでいく段階に来ています。一方、被災地の現場に目を向け、一人ひとりの被災者の声に耳を傾けると、今なお生命の危機に瀕している方、取り残されつつある方がいるのも事実です。震災から約4週間が経過し、被災地域によって支援格差が生じつつありますし、避難先で新たな困りごとに直面している方々もいます。
私たち「一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会」は、これまで4本の緊急提言書を公表すると共に(https://hitorihitori.jp/ )、メンバーが現地支援を行っています。支援策や制度は大切ですが、それ以上に重要なのは、一人ひとりの被災者を大事に思う姿勢です。もちろん、被災者の中には自治体等で懸命に事業に従事する地元職員など、支援に当たっている方々もいます。
被災地である石川県、富山県、新潟県、福井県はもとより、広域避難によって被災者が避難した他都道府県にも向けて、6つの提言をいたします。
1 制度運用は「迷ったら被災者の利益に」を第一に
避難所運営、広域避難、仮設住宅、住家被害調査、罹災証明書発行、公費解体、就学支援、被災者生活再建支援金、災害援護資金貸付、事業再生、雇用確保等において、様々な支援制度が提供されることとなりました。こうした支援制度は、ベースとなる災害救助法の適用・運用も含め、普段は使い慣れない制度ばかりです。
もっとも、現在公表されている制度は、過去の災害で適用された制度がほとんどです。過去の教訓から導かれることは、「被災者のために」運用されず、いたずらに公平性を重んじたり、硬直的・消極的・制限的な基準を設けたり、他自治体と横並び意識を優先すると、被災者に二次的な苦難を強いる結果になるということです。今回の災害救助法の運用でもそのような一面がありました。福祉的な視点があれば起こりえない事態もありました。制度を杓子定規に運用すると、かえって被災者間の格差を助長することもあり得ます。真に被災者のために運用するためには、弾力的で柔軟な運用が必要です。
災害対策基本法の基本理念(同法2条の2)には、人の生命及び身体を最も優先し、被災者の援護を図ることと明記されています。運用に当たる方々には、勇気をもって「迷ったら被災者の利益に」という姿勢で対応いただくのが相当です。
2 地元で元気に暮らせる日までの見通しを明示すること
被災地では、もともと高齢化が進んでいたところ、壊滅的被害が生じたため、少なからぬ被災者が、将来、住み慣れた地で暮らしていけるかどうか強い不安を覚えています。二次避難が進まない理由の一つにもなっています。「能登はやさしや土までも」という言葉にあらわれている地域への愛着は大切にすべき価値観であり、こうした一人ひとりの被災者の思いを尊重すべきです。
もっとも、具体的な見通しが示されなければ不安は軽減しません。地域の復興の手順を示したロードマップ(計画書)を示す必要があります。過去の復興計画の多くは、事業を行う側の立場で書かれていましたが、そこで暮らす被災者の生活目線に立って理解できる内容・形式で示すことが求められています。複雑な復興の仕組みを理解しやすく示すと共に、現時点で分かる範囲で時間軸も示していただく必要があります。また、広域避難をした方々が、どのような流れで住み慣れた地に戻れるのか、避難先で住民票はどうなるのかといった身近な課題も可視化していただくべきです。私たちのメンバーの永野海弁護士が、住宅再建の流れ、避難生活の流れを「瓦版」にして公表していますので(http://naganokai.com/hisapo/ )、参考にしていただければ幸いです。
様々な分野の専門家の協力を得て、被災者に、見通しと希望と安心を与えるロードマップを作って、被災者に分かりやすく届けていただくべきです。
3 一人ひとりの被災者のリアル(具体的状況・個人情報)を把握・共有する
今後、被災者支援が進み、被災者の個別ニーズが明らかになってきます。その状況をきちんと把握し、その情報に基づいて、行政やNPOや専門家等が官民連携して対応に当たっていく必要があります(災害ケースマネジメント)。
しかし、今回の被災地は多数の自治体にわたっている上、広域に避難により一時的に被災者がばらばらに離散する形になります。また、避難所の劣悪な環境や個々の事情により在宅避難に切り替えた被災者も多数います。そのため、被災者の状況の把握が困難になります。過去の災害(例えば原発避難等)では避難者の情報が把握されず、被災者支援が届かず、相互連絡もできずにコミュニティの喪失にもつながりました。この失敗を繰り返してはなりません。
個人情報の共有については、災害ケースマネジメントの官民の共同実施、重層支援体制整備事業の支援会議など福祉施策のケース会議、個人情報保護法の本人利益・特別理由の活用(同法69条2項4号後段)など、有用な手立ては色々あります。被災者のリアルな状況をアウトリーチして積極的に把握し、その情報は支援を実施する官・民の各機関で共有し、被災者の生活再建の方策を検討する際に活用していただくべきです。
4 相談支援の充実を
被災者支援が進んでいくと被災者の相談ニーズが高まります。石川県は担当職員によって構成される「復興生活再建支援チーム」「なりわい再建支援チーム」を発足させました。石川県、富山県、新潟県の各弁護士会は対策本部を設置して、被災者向けの相談を精力的に行っています。内閣府は災害ケースマネジメントを「被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題等を個別の相談等により把握」することからスタートするものとしています(令和5年3月「災害ケースマネジメント実施の手引き」より)。
しかし、被災者が自ら相談に赴くには様々なハードルがあって、過去の災害でも相談支援につながらなかった人々が取り残される結果となっています。声なき声に耳を傾け、アウトリーチすることが必要です。先に紹介した永野海弁護士の「ひさぽ」のツールや、私たちのメンバーであるYNFも作成に関わったNHKの『避難生活&住宅再建ガイドブック』等の資料を活用して、相談支援を被災地の隅々まで行き渡らせることが必要です。見守りや地域相互支援といった福祉的なつながりとの連携も有効です。また、法テラスの震災援助事業等の相談に従事する専門家たちをバックアップする制度の充実も必要です。
被災者が誰一人取り残されることのないよう相談支援を充実するべきです。
5 住民の思いが反映される復興基金の設置を
政府が発表した「被災者の生活と生業支援のためのパッケージ」や被災地自治体が行う支援は「公助」と呼ばれるものです。また、ボランティアの支援や民間支援団体が行う数々の施策は「共助」のひとつです。いずれも被災地には欠かせない重要な存在です。しかし、そこにおける被災者は支援の「客体」です。被災者が生き生きとした暮らしを取り戻すには被災地の自立的な復興が必要です。そのためには、被災者が、生活再建の主体、復興の主体となって活動しなければなりません。
被災者が自ら立ち上がるには、それを支える知恵や経験や情報(モノ)と、それを支える応援者(ヒト)に加えて、資金(カネ)が必要となります。そこで、早期に「復興基金」の設置が望まれるところです。
過去、「復興基金」がいくつか立ち上げられましたが、東日本大震災における「復興基金」は被災自治体向けの援助金に過ぎませんでした。これでは被災者のニーズに呼応したものとは言えません。また、平成19年能登半島地震で設立された「復興基金」は、事業主体に民間も関与する形で一定の役割は果たしたものの、行政の施策の方向性に適合したもので、現行制度のすき間を埋めることに主眼が置かれていました。
本来は、住民の自由な発意を基盤にして、住民の地域への思いが反映できるよう、民間が主導権を持てる事業主体が基金事業を展開するべきです。基金の財源としては、公費、民間資金、義援金などが考えられ、真の意味で「自助」「共助」「公助」の共鳴が実現できます。先行例として、平成3年の雲仙普賢岳噴火災害における復興基金や、平成16年の新潟中越地震における復興基金があります。被災者が、支援者に「ありがとう」を言わなければならない立場から、逆に「ありがとう」と言われる活動が展開できる日をめざすべきです。
6 改善すべき法律の改正等に着手すること
過去の災害で法律の課題が明らかになっているにもかかわらず、法律が改正されずにいるものが少なくありません。たとえば、被災者生活再建支援法は、平成19年能登半島地震を受けて改正されたときに現在の制度になっています。それから16年以上が経過し、建築費を含め著しく物価上昇しているにもかかわらず支援金額は据え置かれたまま、半壊世帯は支援対象外のまま、財源は国が半分しか負担しないままです。今回の災害で、直後にうまく機能しなかった災害救助法や、災害援護資金貸付制度の償還方法に問題を抱える災害弔慰金法等にも改善すべき事項があります。災害ケースマネジメントを進める上で、こうした被災者支援に関わる法制度の改善が強く望まれます。
たとえば、「3.11から未来の災害復興制度を提案する会」が提案しているように、個人の尊厳の保持を災害対策の目的にし、福祉を災害救助法に位置付け、官民連携した被災者支援を基本としてスムーズな被災者支援を可能とする法改正を速やかに検討するべきです(https://311kaerukai.net/?p=572 )。また、広域に避難した被災者が適切に行政サービスを受けることができるように原発避難者特例法のような制度を設けることも検討されるべきです。
2024(令和6)年1月26日
一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会
共同代表 新里 宏二
共同代表 天野 和彦
共同代表 津久井 進